暗くたって1人前。

現代人のノリについていけない一昔前の世界に生きる人間の日々。辛く楽しく、それでも生き抜けたもん勝ち!!

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捉え方次第で人は何にでもなれる。

お久しぶりです。

【必要なものは、本当に必要になった時に、訪れる】

ぼくは、実体験からそう信じています。

それは本であったり、人であったり、言葉であったり、
金銭的なものであったり、あるいはほんの些細な気付きであったり。

我々がすべきなのは、そのものの訪れを、つかむべく、
準備をしておくこと。そして、その訪れから目を逸らさないこと。

これは抽象的で実行が難しいように見えて、実はごくごく簡単なことです。
ただ本能のままに、気の向くままに、歩んでいれば、
そうそう道からはずれることはないと思います。




そうして、ぼくは、両親にごめんね、ということになりそうです。
でもそれは、本当はごめんね、という道ではないんです。


以前私は、幸せになれるかどうか、すごく気にしていました。

それもおかしな話で、最近やっと気付いたのですけど、
まぁ気づくの遅すぎなんですが、

幸せになれるかどうかじゃない。
幸せになるかどうかなんですね。


これと同じ言葉を前も書いてたことを思い出しました。
研究に向いてるかどうかじゃない。
やるかどうかだって。

分かってたのに応用効かなかったみたいです・・・。


幸せは、幸せになる!という強い意志で掴みに行くものです。
そして、自分自身の幸せを、ちゃんと拾い上げて大事にすること。
しっかり幸せを感じることです。

そうすれば必ず幸せになれる。ぼくはそう信じてます。
だいたい、幸せかどうかなんって、他人から見てどうこうじゃない。
自分の感じ方です。

だとすれば、それは絶対誰しもが本当は幸せになれるはずなんです。


さて、両親は私に幸せを望んでいます。
もしかりに、幸せを望んでいなかったとしても、それで物事はもっと簡単に済むので、
全く問題はありません。

では、幸せを望んでいる前提で、話を進めますと、



ごめんねとは謝るけれど、

でも、私はちゃんと幸せになる。幸せになるから、と。
ちゃんと今なら自信を持って言えます。

だから悩むことなんって何もなくなりました。


2012年の9月は果てしなく長くて辛いものでしたけど、
大きな大きな収穫を得た気がします。

もっと他の人達だったら、とっくの昔に学んでいることを、
私は今更ながらに気づいた訳ですが、

でもそんなことどうだっていい。

私が気付いたことが大事なのです。



そういう訳で、今年の秋は、(もう冬もすぐそこですが!)

清々しく、天高く、馬肥ゆ。
  1. 2012/11/11(日) 00:58:20|
  2. 日常。
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