暗くたって1人前。

現代人のノリについていけない一昔前の世界に生きる人間の日々。辛く楽しく、それでも生き抜けたもん勝ち!!

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とにかくあと14日の我慢である。

さて、おそらく人生において最もつらい時期を過ごしているものと思います。俺。

この言葉、何度か繰り返していると思うのですが、今度こそ本当。
いや本当だろうか。もっと辛いことがこの先待ち構えているんじゃなかろうか。
ただそれに対する事前準備の意味でのつらい時期なんじゃなかろうか。

全く分からんが。


さて、某カナダの某も●●●●ー●の某有名大学の、
某日本人PIの元で現在ポスドクをやっている訳ですが、

この日本人PIってのが本当に厄介で、単なるアスペかと思ったら、危害を加えてくるタイプのアスペでした。
何が危害かって、いざこっちに来てみたら(もうビザ的にも彼のところで働くしかない状況)、
オファーレターの給料から、実際の契約書では80万引かれて書かれてて、
期限も3年から半年にされててマヂ糞だった。

そして最悪なことに、こいつはこの給料の引き下げをなんの悪気もなくやってのけるので、
(というより、僕がそれをされることで気分を害することを理解していない風でした)

あ、もうこの人間は人間としての言葉が通じないんだな。

って思ったのは良い思い出です。(現在進行中の思い出だけど)


僕はだるいので、何も言わなかったんだけど、
秘書さんが正義感丸出しにして、契約とオファーと金額も期間も違う!!
って言い出して、
彼はその愚痴をこの俺に言う始末。

あなたは研究がどうかは知らないけど、
人として知っておくべきことは何も知らないんじゃないの?



そんなわけで秘書さんのがんばりにより、というより、彼は、もともとこっちの大学で非常に悪名高く、
自分の大学の学生を雇うことを大学から禁止されてるくらいの人間なので、
案の定お偉いさんに怒られて、しぶしぶ契約期間1年、給料をオファーレター通りに直したのでした。


世の中には捨てる神あれば拾う神有りだわ、と思った。心底。

そして神は我を見捨てていなかった!!

僕が精神崩壊をきたす可能性があると判断したのか、
(そんなお慈悲があれば最初からもっと良い人間のもとへ導いてくれたらいいのに)

9月末だったそいつの滞在が、7月になり、6月中旬になり、
そして、その途中で出張が挟まれるという奇跡が起きたのだ。

まぁ、その奇跡のおかげで当初予定していたもろもろ(9月末まで働けばちょっと狙っていたことがあって)
が綺麗さっぱり消えてなくなる可能性を今現在秘めているんだけど、
(一応人事部に問い合わせてはいるけど、なかなかどうなるか分からないケースみたい)

でもそいつに義理も糞もないので(むしろ恨みしかないw)
予定していたもろもろが確実にないって分かった時点で、人間蒸発してやればいいだけの話です。
さようなら、京都大学医学部卒業のアスペ。

そしてそれが6月中旬ってなると、彼自身は日本に帰って日本でこっちの荷物を受け取る準備してるんだけど、
もともと俺に任せようとしていた荷物の発送をしてくれる人がいないっていう困った状況になる訳だけど、

当然の仕打ちだと思う。

それにお前の大好きな隣のラボのポスドクがいるから(用がなくてもいつも話しかけて迷惑がられていることも気づいてない)、
その人に手伝ってもらえるもんね。
良かったね!!


ってなわけで、どう転がろうと、僕は問題なく生きていけるように将棋をしているのです。

こんなボス地獄の果てまで追いかけて人としても研究者としてもあの世に送り届けてやりたいくらいだけれど、
たぶん僕がやらなくても自滅するから心配はしてないです。


神様の両目はカッぴらいている!!

ことを僕は心の底から信じている。



でもぎゃふんって言わせたいのは確かなんだよなー。
知らない間に、誰にされたかも心当たりないままこのまま破滅させたい。
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  1. 2016/06/03(金) 02:26:53|
  2. 日常。
  3. | コメント:3

2015年総括。

さて、中国は農暦ですので、私はまだ2015年にいる訳ですが、
そうは言ってもこのグローバル化した社会、いつまで経っても
2015年!!2015年!!と叫びまわっている訳にも行かず、
潔く、実に潔く私は振り返ろうと思うのです、「過ぎ去った」2015年を。

細かく振り返る前に大雑把に思い返して感想を述べます。

2015年は実に胃が痛かった。

私もですが、もちろん、母も父もみんなそうだったでしょう。
父方の祖父が亡くなった年であり、母方の祖母の体調不良をいよいよ思い知る年でもありました。
私自身の家族内でのステータスが大きく変わった年でもあり、
少しばかりですが、幼少期から続いた親戚との関係を、模索してしまうところがありました。
神様、遅れてきた思春期をお許しください。

私は思うのです。

今でも思うのです。
私がもし親の立場だったら。

私がもし親の立場なら、決して許すことはないし、
祝うこともしないでしょう。
受け入れることのできないものであり、
それが価値観というものなのです。
だから私は、彼らの気持ちは痛いほどよくわかる。
私も相手とは目を合わせず、メンツのために開く食事では、
泣き腫らした目で登場し、
その涙は枯れることはないでしょう。
知り合いの誰にも伝えたくはなく、
なかったことにしたいとの一心でしょう。

しかしながら。
しかしながら最重要な点を申し上げますと、
私は彼らではないのです。
私は彼らの立場にはいないのです。
私は当事者で、安定志向で、リスクをとる性格ではないのです。

だから私にはこの道しかなく、
現時点で少なくとも、
後悔というふた文字はどこにも存在しないのです。



ま、いまだ毎日玉の輿狙ってることは秘密ですけどね。

ちなみに、2016年のキーワードは、「割り切り」です。
しっかり手に入れた幸せを味わうつもりです。
ボケナスなんかに邪魔させるかヴォケが!!!


ってなわけで月別に。

1月
念願の博士号取得。
2月
帰省
3月
明大前に引越し、入籍
4月
比較的真面目に雑用してた、論文投稿
5月
帰省。。。した気がする、リバイス実験
6月
実習
7月
実習、論文アクセプト、結晶化も成功
8月
スカイプ面接通過、次ラボ決まる、帰省準備
いろいろ雑になる
9月
帰省、結婚の報告
10月
引越し
11月
カナダに様子見
12月
帰省
  1. 2016/01/12(火) 23:29:13|
  2. 日常。
  3. | コメント:0

違和感。

うーん。。。研究を非常に何か崇高な物と捉える研究者が多いんだけど、
果たして一概にそうだろうかと思う。
というより、そういう人って、研究=崇高ととらえる一方で、
その他の仕事を意識のどこかで見下してるんだよ。

いや、だってそうじゃなきゃ、比べる対象がなければ、
研究が崇高だと言うことも出来ない訳でしょ。

そこがいまいちめんどくさいというかめんどくさいというかめんどくさいんだよ。

研究は確かにある程度特殊な仕事かもしれないけど、
それでも、あくまで仕事で、それ以上でもそれ以下でもないんだよ。

研究をやってるからって偉いとか、絶対ないんだよ。

違和感です!違和感です!!
  1. 2015/07/18(土) 02:29:03|
  2. 日常。
  3. | コメント:0

教師はずるく生きてはいけない。

雨は白くなるほど降りしきって
たまに雨を空が泣くと表現する人いるけど、
それ、マヂでやばい
体液損失ヤバ過ぎる。

ふるさとの話をしようとして
ふるさとの写真を探してたら
ふるさとに心をつかまれて、今ここにいます。

懐かしさという奴は
犯罪的に人の心に取り付くのが得意で
抵抗を許しません。

本質を見抜く目を持たない人間は
どうしてこんなに愚かなのでしょう
それとも、
自分が本質を見抜いていると、驕っているだけでしょうか

私は上っ面な人が大嫌いです。
うまく立ち回って自分に矛先が向かないようにして
何が楽しいのでしょう

受けて立ってこその人生ではありませんか。
うまく回避出来たとして、それはひと時のことだけではありませんか。
うまく騙し仰せても、あなたは自分自身を騙したつもりになっただけ。

そして皆が知っていることですが、
人間、自分自身は決して騙せないのです。サイコパスを除いて。

その顔に引っさげたわずかなプライドを守るために
多くの人の人生を犠牲にして、
果たしてあなたはそれだけの価値がある人間でしょうか。

教師とは実は非常に責任が重いものです。
人一人の人生など、いとも簡単に崩壊させることが出来る恐ろしい職業なのです。

だからこそ、ずるく生きてはいけないのです。
別に全ての言動がお手本にならなければいけない訳ではない。
だけど、ずるく生きてはいけないのです。

それだけは、きっと教師という職種の人間には、
御法度なのだと思います。

そんな教師が、実に多いこと多いこと。

  1. 2015/07/17(金) 01:29:15|
  2. 日常。
  3. | コメント:0

ハンサムケーキは三層の魔法から出来ていた。


良く晴れた日の午後。
いつもはしないお化粧に、お気に入りのワンピース、そして大好きな香りをひとふりして。
私は、かねてから目をつけていた洋菓子屋さんに向かった。

いつもとは反対方向の電車。

ちょっとした冒険気分で、
初めて見る町並みが、一段と眩しく見える。

ずいぶんと暮らしやすそうな街だ。

おしゃれなレンガ敷の道路に、素敵なレストランが立ち並ぶ。
街路樹の作り出す心地よい陰の通り道を縫って歩くこと10分。
目的の洋菓子屋さんは、想像通り場所に、
想像通りの門構えで、
小さく可愛らしく、しかし堂々とそこにあった。

中は暗くて良く見えないけれど、
今日はこのためにここまで来たのだ。
入るしかない。

営業中であることをチラっと横目で確認してから、私は意を決して、
ドアを押し開けた。


中に入ると、さきほどの不安は一瞬で消え去った。
輝く日の光に照らされて、思いのほか静かで軽やかな時間が流れる空間と、
あまーい洋菓子の香り、そしてショーケースに並ぶ色とりどりのケーキ!
(ついでに店員さんも笑顔たっぷりで色白で可愛い!ということも重要な要素である)

用事も忘れて、最初に目に飛び込んで来たピスタチオとイチゴのケーキを頼んでしまった。

席に座って待つ時間も幸せである。
つけてきたアクセサリーもお気に入りのものばかり。
ずいぶんと幸せにまみれて私は今日を生きている、
そんなことを考えていると、すぐに彼はやってきた。

ジャルディニエール。
名前は面倒だが、ハンサムなケーキだ。

甘いマスクに、若々しい肌色。
見るからに美味しそうなのだ。
ピカピカ光っていて、たまらなく誘惑される。
そうなのだ、こいつにさきほど、一目惚れしてしまったのだ。

しかし容赦してはいけない。
あくまでこいつはケーキで、私は人間。
恋に落ちるということは、文字通り、「食べてしまう」ということである。

えいっとフォークで縦に切ると、現れた断面がこれまた素晴らしい。
あわい新緑と、桜色と、レモン色の3層。
一番下にはホワイトチョコのコーティングだろうか。

一口で3層まとめて行ってみる。

うまい。

たっぷりしっとりあまーいケーキに口内が占領される。
ベリー類のほのかな酸味とちょっとした青い味がアクセントになって飽きない。
あぁ、このまま延々と味わい続けていたい・・・。


いや、待て、この3層を分けて食べてみたらどうか?
この素晴らしいケーキを構成しているものはそれぞれ、素晴らしいのだろうか?

変な疑問がわいてきたのを抑えられず、フォークでちょこちょこすくって
それぞれ食べてみる。

・・・味気ない。

まずくはないんだけど、感動がない。

あぁ、あれで完成なのだ。そろって完成なのだ。
それぞれだけでは全く足りないのだ。そして、彼はそういうケーキなのだ。



ここから本題です(おい)

ずっと国語の授業で疑問に感じて来たことなのだけれど、
果たして何かを分解して、その要素を知るのはいつも正しいのでしょうか。

例えば研究や仕事に関しては、それは当てはまるのかもしれない。
分析とか必要だろうし、処理することで何か見えて来る。

だけど、人間ってもっと感覚的なところに生きている気がするんですよ。
分析して、数式で処理してしまったら、消え去ってしまう何かと共に、
我々は生きている。

だから、そう、他人を好きになる理由なんって、
そんなのいくら考えた所で、うまく説明は出来ないんです。

きっと、しっかり全部分析し尽くしたら、
ただの味気ない、分解されたケーキなんです。
言葉に出来ないものも、意識の下にしか存在しない思いも全部含めて、

全部ひっくるめて気持ちなんです。

それを口に出して説明させるのも、野暮ってもんです。おやっさん。


ただ、私は、自分が年をとって、中年や一時期流行った後期高齢者になって、
いろんなことがもっと分かるようになったとき、昔を思い出して、
あぁ、僕はあの頃若かったから、だからあの大切な人を手放してしまったんだ。
なんって、ふとした瞬間に思うことは絶対に嫌なんです。

だいたい、見えてるんですよ。
自分と30年近く過ごしてますもん。分かりますよ、それぐらい。
  1. 2015/06/02(火) 01:00:12|
  2. 日常。
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